2024/07/30

学級だより №76

  № 76 2024年7月2日


 今日は、宿題についてです。

 以前、受け持ったクラスでのこと、ある子がこんなことを言ってきました。

「宿題用の算数ノートを持って帰るのを忘れたので、宿題ができませんでした。」

 そこで、

「宿題をやってこなかったことを自分から正直に言ったのはよいことです。しかし、持ち帰るのを忘れたから勉強をしなかったと言うのは間違っています。」

と話し、クラス全体でこのようなときはどうしたらよいか、確認しました。

 まず、家に帰ってすぐ気がついたのなら、おうちの人と一緒に学校に取りに行くこともできるでしょう。これで、一件落着です。

 また、ノートはないけれど、計算ドリルはあるというのであれば、別の紙に書いてくればよいでしょう。

 ただし、ドリルもノートもなく、また、気がついたのが夜になってからだとしたら、それもできません。その場合は、近所の友達に貸してもらいコピーするという方法もあるかと思います。

 それも無理なら、宿題はできませんね。その場合は、最終手段。自分で課題を見つけて勉強するのです。

   算数だったら、教科書の問題をやってくる。

   漢字だったら、教科書を見てノートに練習をしてくる。

といった具合に。

 そして、次の日に

「先生、宿題を机の中に入れたまま帰ってしまったので、代わりに問題を作ってノートにやってきました。昨日の宿題は明日出します。」

──ここまで言えれば、バッチリです。

 誰しも、宿題を学校に置いてきてしまったという経験は一度や二度はあるでしょう。かく言う私も、もちろんあります。それも何度も。

 ということは、これからもそういう失敗をする可能性はあるということです。

 大事なことは、失敗しないように気をつけることと共に、失敗したときは、そのあとどのように対処するか──それをしっかり考え、行動に移すことであると思います。

 これは、もちろん、宿題に限ったことではありません。

2024/07/14

学級だより №68

 № 68 2024年6月25日


 前号のつづきです。

 説明文の学習は、全体を削り取り、エキスを抜き出す──小さくしていく──ようなものです。

 逆に、物語文の学習は、一つの言葉や文からイメージをふくらませていく──大きくしていく──ようなものだと言えるでしょうか。

 3年生では、だいたいこのくらいのことができれば、十分だと思っています。

 しかし、上の学年に行ったら、さらに次の段階、「文章を吟味する」ことができるようになってもらいたいと思います。

 どういうことかと言うと、書かれていることが本当に正しいのか、論理に矛盾はないかと吟味をするのです。

 実は、教科書に載るような説明文にも、中には書かれている内容がわかりにくいものも少なくありません。

 また、文と文・段落と段落の間の論理関係が矛盾していたり、問題提起と結論とが整合していなかったりすることもあるのです。

 教科書に載る作品が、どれも「完璧」であるとは言い切れないのです。

 そのような作品に出会ったときは、どこに問題があるのか、どこをどう直したらいいかを考える、いい機会とも言えます。

 書かれている文章を批判的に読む、これも大事な勉強の一つであると思っています。

 これを「吟味読み」と読んでいますが、あら探しをするようなものなので、別名「意地悪読み」とも言われています。

 しかし、批判的に読む力は、とても大事なものです。

 それができるようになれば、国語の力はかなりついたと言えます。

 そのためにも、まず、文章全体の構造を読む・要約がしっかりできる、そういう力をいろいろな作品を通して、しっかりつけていきたいと思っています。

2024/07/09

学級だより №66・67

 № 66・67 2024年6月24日


 前号の続きです。

 説明文の学習では、主に「段落の中の柱の文をさがす」という活動を行います。

 各段落には、それぞれ「柱の文」と呼ばれる、中心になる文が存在します。その文を見つけていくのです。

 柱の文は、ふつう1つしかありません。それらしい文が2つ以上あるとしたら、改行をする必要があります。

 ちなみに、「こまを楽しむ」の第2段落は、このようになっています。


①色がわりごまは、回っているときの色を楽しむこまです。②こまの表面には、もようがえがかれています。③ひねって回すと、もように使われている色がまじり合い、元の色とちがう色にかわるのがとくちょうです。④同じこまでも、回す速さによって、見える色がかわってきます。


 この段落の柱の文は①です。なぜそう言えるかというと――。

 第1段落には、次のような記述があります。


⑤では、どんなこまがあるのでしょう。⑥また、どんな楽しみ方があるのでしょう。           

 この筆者からの問いかけ――どんなこまがあるか、どんな楽しみ方があるか――に答えているのが①の文とだからです。

 そして、②の文以降の文は、柱の文を詳しく説明する役割を果たしています。


①鳴りごまは、回っているときの音を楽しむこまです。②こまのどうは大きく、中はくうどうになっていて、どうの横には、細長いあなが空いています。③ひもを引っぱって回すと、あなから風が入りこんで、ボーッという音がなります。④その音から、うなりごまともよばれています。


 これは、続く第3段落ですが、この段落も柱の文は①、そして、②以降は、やはり柱を詳しく説明しています。

 このように、どの段落を「柱の文→詳しく説明する文の集まり」という同じパターンで書いていくと、読み手にとってわかりやすい文章になります。

 ちなみに、この「こまを楽しむ」の直前に学習した「文様」という説明文は、どの段落もこれとは逆に「詳しく説明する文の集まり→柱の文」というパターンになっています。授業では、こういったことを話し合いをしながら確認していきました。

 次に、柱の文をこのようにまとめます。

      「色がわりごまは、回っているときの色を楽しむこま」

      「鳴りごまは、回っているときの音を楽しむこま」

      「さか立ちごまは、とちゅうから回り方がかわり、その動きを楽しむこま」

      「たたきごまは、たたいて回しつづけることを楽しむこま」

      「曲ごまは、おどろくような所で回して、見る人を楽しませるこま」

      「ずぐりは、雪の上で回して楽しむこま」

 これが、各段落の「要点」であり、これらをつなぎ合わせていくと、自然と「要約文」が完成します。

 このように、説明文の学習は、全体を削り取り、エキスを抜き出す──小さくしていく──ようなものです。

 逆に、物語文の学習は、一つの言葉や文からイメージをふくらませていく──大きくしていく──ようなものだと言えます。

 3年生では、だいたいこのくらいのことができれば、十分だと思っています。

 しかし、上の学年に行ったら、さらに次の段階に進みます。       (つづく)


2024/07/06

学級だより №65

 № 65 2024年6月21日


 今日は、国語についてです。

 国語では、先日まで「こまを楽しむ」という説明文の学習をしました。

 ところで、国語の文章は、大きく分けて「物語文」「説明文」「詩」の3つに分けることができます。そして、教科書には、それらがバランスよく配列されています。

 しかし、世の中にある文章の大部分は、説明文です。

 新聞・雑誌はもちろんのこと、家電製品を買ったときについてくる取扱説明書なども、説明文です。

 また、私たちの書く文章も、その大半が説明文です。

 例えば、会議に提案する文章、これは説明文です。この学級だよりも説明文の仲間と言えると思います。

 ところで、説明文は、一般に人間の社会生活に必要な知識や情報を与える文章です。これを読み取る力は、生きていく上でとても大切になります。

 この力がなければ、社会生活を確かにおくっていくことはできません。

 社会生活を確かにおくるための文章が説明文、豊かにおくるためのものが物語や詩と言えるのではないでしょうか。

 さて、説明文は、文と文との関係・修飾語と被修飾語との関係・段落と段落とのつながり方・筆者の考えと具体的事例の関係・指示語の使い方など、いろいろなことを考えながら、できるだけわかりやすく、また、論理に矛盾がないように書かれています。全体として、明快な構造を持つように書かれているのです。

 説明文の学習をする目的の一つは、この「上手な書き方」を学ぶところにあります。

 先日、学習した「こまを楽しむ」もそうです。ここでは、「こま」のことを知ることが主たる目的ではありません。この書かれ方のよさを知ることが、大事な目的の一つなのです。

 では、実際にどんな学習をしたのか、それは、次号以降でお伝えします。

学級だより №266