№ 112 2024年9月20日
今日は漢字テストについて(?)です。
この学級だよりでもお伝えしました通り、先週の金曜日に「漢字50問再々テスト」を行いました。その結果ですが――。
平均点は○○点でした。初回は○○点だったので、15点も向上したことになります。
今回のテスト、出題範囲は同じですが、問題は初回とは違います。ですから、勉強をしなければ点数は取れません。
「みなさん、よくがんばりましたね。かなり練習したのではないですか?」
このように聞くと、みんな、「そうです。」とばかり、大きくうなずいていました。
「そうでしょうね。でなければ、こんなに点数が上がるわけはないです。
でも、大事なのはこれからです。この結果に安心することなく、これからもコツコツ努力していきましょう。
私は、このように話したあと、黒板に大きく「やればできる」と書きました。
そして、
「先生は、この『やればできる』という言葉はあまり好きではありません。」
それは、こういうことです。
苦手にしている教科でも、親や教師の励ましがあると、ときには集中して勉強したりすることがあります。その結果、よい結果を得ることがあります。例えば、漢字の小テストなど。
そして、100点を取ったときに、大人は、よくこのように言います。
「やればできるじゃない。」
また、ふだん雑に書いている子がきれいな字を書いたときなどにも「やればできるじゃない。」
大人は、100点のテストやきれいに書いたノートを見て安心します。「やればできるのだから、なんとかなるだろう。」と思うわけです。しかし、それが長く続かないことがままあります。しばらくすると、元に戻ってしまうのです。「やればできる」のに、続けることができないわけです。
大人は、「やればできる」ことを過大評価し、「続けてできない」ことを過小評価しがちです。「やればできるのだから、そのうちなんとかなるだろう。」と考えるのです。ところが「続けてできない」──持続力がないので、長続きしないのです。「何ともならない」ことになりがちなのです。(つづく?)
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